2018年7月 5日 (木)

自費出版のすすめ

 自費出版というと今は「自分史」のことと思われるほどになっています。高齢化になって、お金と時間がある人を対象として、自分史を書いてもらうのです。

 以前はそれなりの社会的地位のある人が、自分の経歴を振り返って自叙伝を書くのが一般的でした。それが最近では普通の人が自らの人生を語ることが多くなりました。その人の人生はその人だけのものですから、人は一生に一冊は本を書けるといいますので、不思議なことではありませんが。
 しかし、そんなに文章を書くのが好きな人がいるでしょうか。私たちが学生の頃、文芸部で同人誌をつくり、書いていたのは一握りの者でした。書くことは苦手という人が多かったと思います。ところが書くことが苦にならない、かえって楽しいという人が増えている気がします。
 それはパソコンを手にして、ブログやツイッターを書くのが自然になったからではないでしょうか。今日の出来事を写真入りで語り、公開される人。積極的に社会へ自分の考えや思いを発言する人。こういう人たちが、自分の文体で書くようになり、いつしか自分史への道を歩んでいるのかもしれません。
 日常を記録することに慣れれば、膨らませて自伝とすることも容易です。家族や知人に本として残すことも意義あることでしょう。ブログに毎日載せていた写真を写真集として纏めることもいいでしょう。こうしてパソコンの世界を飛び出して主役になっていく。最近の自費出版ブームは、こんなところにあるのかもしれません。
 

2018年7月 3日 (火)

宗教と科学は相容れない?

 日本のキリスト教徒は宗教を信じる人のなかで1,1%しかいないそうです。したがって宗教法人に課税されたら、ほとんどの教会が成り立たなくなると、ある信徒に聞いたことがあります。最もこの統計をまともにとると宗教を信じる日本人は総人口の1、5倍になるそうですので、あまり正確とは言えないようですが。

 それでも聖書を読み、創造主を信じて、毎週日曜日には教会へ行くというクリスチャンも当然多くみられます。残念なことに彼らに科学技術のことを話すと、うーんと言って何も言わず退いてしまうのがほとんどです。宗教と科学は相容れないのでしょうか。
 それなのにさんこう社は古谷圭一さんの「科学技術とキリスト教」の本をシリーズで出しています。「聖書の中の自然と科学技術」「中世キリスト教の自然と科学技術」の2巻が刊行済みで、3巻目も制作に入っています。著者の古谷さんは科学者として大学で長く教鞭を執られましたが、クリスチャンとしても活動されています。「近代日本の戦争と教会ー日本基督教団四谷教会史」(この本もさんこう社刊です)を読むと、関わりを持った教会の設立から解散までを丁寧に書かれているのがよくわかります。
 さんこう社は古谷さんの人柄に惚れて、「科学技術とキリスト教」の本を刊行しました。科学者なのに奇跡を信じているのか? 聖書の時代に科学技術があったのか? などキリスト教徒はもとより、キリスト教徒以外の人にも興味をもたせる内容です。このシリーズ本を読むと、西洋史の中で科学とキリスト教が実は密接な関係を持っていることがわかります。こういう本こそ図書館で置いてもらい、多くの人に読んでもらえたらと思います。もちろん、個人で買っていただければ、なおさらうれしいですが。

2018年7月 2日 (月)

「半分、青い」より「青さ満開」の岐阜弁の世界があります

 NHKの朝ドラ「半分、青い」を楽しく観ています。朝ドラを観るのは初めての経験ですが、北川悦吏子のオリジナル作品ということで注目して観始めたのです。

 岐阜県ふくろう町出身の女性が東京に出て漫画家になる話です。漫画家として大成するかどうかはまだわかりません。展開の速さに戸惑うこともありますが、とにかく面白い作品です。ふくろう町は架空の町だそうですが、1970年に主人公が生まれてからの話で、岐阜弁は頻繁に出てきます。
 ところで岐阜県に山岡村があります。今は村ではないかもしれませんが、実在するところです。その山岡村の出身で、自身の子ども時代(1960年代)を描いたのが勝川克志さんの漫画「庄太」です。“遠き故郷の空“と副題のついた「庄太」は岐阜弁丸出しです。「半分、青い」より10年以上前の岐阜の田舎の話ですが、どこか似たような雰囲気を感じるところもありました。
 「庄太」は1983年から1989年まで漫画雑誌『まんがタイム』に「おらあ庄太だ」という題で連載されました。それを「庄太」として全2巻の愛蔵版にしたのがさんこう社です。庄太は半分、青いどころか、青臭さいっぱいの「全部、青い」で、この本は昔を懐かしく思う団塊の世代に好評です。どうならん=困った、おーじょこく=大変な目にあう、あんじゃない=大丈夫、など、いろいろな岐阜弁が楽しめますよ。アマゾンですぐ手に入ります。ぜひご覧ください。

2018年6月30日 (土)

リューヤと魔法の本

 福永令三児童文学賞を受賞した「リューヤと魔法の本」は、この賞を主催した新風舎が倒産したため、本は完成しましたがほとんど日の目をみずに終わりました。この本の素晴らしさに韓国の出版社が注目し刊行したところ人気を博しました。

 韓国の読者からは「お話の中にお話が展開されて、まるで映画を観ているよう」「子どもと奪い合いながら夢中で読んでしまった」「リューヤがもらった魔法の本をもらって自分も冒険の旅に出てみたい」などと次を待つ反響の声が多く寄せられました。
 この作品を「リューヤと魔法の本・天空に漂う国」として、その後「竜の住む国」「地中に眠る国」と3部作のシリーズにして出版したのがさんこう社です。出版当時の女子社員が心を込めて制作にあたりました。校正をしていた私も、話の展開の面白さに引き込まれたものです。
 児童文学や絵本は出版市場でそれなりの量を占めています。そのほとんどは大手の出版社と児童書専門の出版社で作られています。以前、さんこう社で刊行した絵本を持って、児童書専門の書店を訪ねたことがあります。絵本の普及に熱心なおばさんたちが経営している書店ということで期待して何点か持って行ったのです。ところが名刺を差し出したところ、さんこう社? 知らないわね、置く場所がないわ、といって絵本のタイトルも中身も見ようとせず、追い返されました。零細企業の惨めさを嫌と言うほど味わったものです。
 このとき持って行った絵本は「のらねこのノー」「マックロとしっぽ」「ぜーんぶわすれた」などでした。いずれもアマゾンで販売しています。見てもらえればわかります。高貴なおばさんに、どれだけ見る目がなかったということが。
「リューヤと魔法の本」の本も、もっと多くの子どもから大人に読んで欲しい本です。手に取っていただければ韓国の人たちがいかに喜んで読んでくれたか分かるはずです。
 こちらもアマゾンで手に入ります。よろしくお願いいたします。

2018年6月22日 (金)

紀伊国屋書店のブックフェアで「黒白寺社」が展示されています

 新宿紀伊国屋書店本店4Fで「木造建築・木工芸フェアーー日本が誇る木、技のいろいろ」と題したフェアが8月14日まで行われています。初日の昨21日に行ってきました。木造建築に関係する本や、木工芸に関する本が並んでいました。

 その中に「黒白寺社」という、九州から北海道まで歩き、日本の寺院、神社を撮影した写真集が展示されています。さんこう社が昨年刊行した本で、日本の財産である寺社を見事に撮影した本として評価されたことで展示されたのでしょう。4階のわずかなフロアーで行なわれている展示販売会ですが、自分が制作に携わった作品が取り上げられたのはうれしいことです。
 以前、このブログでも紹介しましたが「黒白寺社」の撮影者、関藤清さんは中国人で、六本木で清アートスペースという画廊を開いています。中国人や日本人を始め、世界の若手作家に門戸を開きたいと展覧会をつづけています。今も顧洛水という京都造形芸術大学で非常勤講師を勤める中国人女性の個展をやっています。「夢の如く」と題された女性を描いた彼女の作品群は、何とも言えない魅力に溢れています。ほとんどが売約済みとなっているのも納得です。ちなみにこの展覧会は7月8日まで開かれています。
 関さんと一昨年知り合い、芸術家として、実業家として活躍する姿に多くのことを学ばせてもらっています。次の写真集も準備を始めているそうです。画廊を始めて1年が経ち、これから益々発展されることを願っています。

2018年6月11日 (月)

外来語表記の中黒(・)は不要?

 外来語の区切りに中黒を使っていますが、最近は省略することが多くなっているようです。人名を片仮名で表記するときは、さすがに姓と名の区別がつきにくいので中黒を使いますが、単語を並べるときに使っていた中黒は省かれることが目立ってきました。

 クラシック音楽のチラシを見ると、ピアノリサイタルと中黒を取ったものが多く見られるようになりました。以前はチラシやプログラムはピアノ・リサイタルと表記されていました。最今の演奏会案内をみると、中黒を取ったものと入れたものは五分五分といったところでしょうか。ピアノデュオリサイタル、ピアノソナタ、ヴァイオリンソナタ等、中黒のないチラシをみることも多くなっています。
 音楽用語に限らず中黒の省略はあちらこちらで見かけます。私の本業の出版社さんこう社で出している本に『リベラル・アーツとは何か』というのがあります。2014年に初版を発行したものです。このリベラル・アーツという言葉ですが、今ではリベラルアーツと中黒を取った表記がほとんどとなっています。英語はliberal artsです。私の持っている広辞苑の第5版(1998年発行)には、ちゃんと中黒が入っています。少なくとも20世紀までは、ほとんどの外来語を単語で区切るとき中黒を使っていました。ところが今は外来語も、カタカナの日本語になったのでしょうか、取ることが多いようです。
 そこで『リベラル・アーツとは何か』の本を、古臭いと言われる方がおられるかも知れません。でも、そんなことはないと胸を張って私は言います。リベラル・アーツの歴史を語ったこれだけの本はありません。まだまだ新鮮な内容を持った本です。リベラル・アーツに興味のある方は、ぜひ手に取って欲しい本です。

2018年6月 3日 (日)

調律師になりませんか

 知人の調律師に相談されました。調律師になりたい人を紹介してくれませんかと。なぜなら今、調律師になる人が少ないのだそうです。音楽教室や家庭のピアノの調律師はそこそこ足りているのですが、演奏会の調律師が不足していて、このままでは演奏会が開かれなくなってしまうかも知れないという、恐ろしい話をきかされたのです。

 演奏会にあたっての調律師は夜の公演の場合、13時から調律を始め、15時に終えます。それで帰ることもありますが、多くの人はそのまま残って立ち合いをします。15時からのリハーサルで叩かれたピアノを、19時頃の演奏会開始前にチェックし、20時頃の休憩時にまたチェックします。これでようやく解放されます。
 ピアノを使った演奏会は日本全国で毎日行われています。調律師は昼から夜まで拘束され、高度の技術を要求される仕事です。ベテランと言われる調律師の高齢化が進み、若い世代を待つしかないのに、下支えのきつくて、辛い仕事だとなりてが少ないそうです。
 このままでは、満足のいく調律が出来ないまま演奏会を開くということになるかも知れません。そんなことになったら大変です。若者よ、ぜひ調律師を目指してください。よろしくお願いします。
 

2018年5月31日 (木)

「漆黒の月」という小説を知っていますか

 中沢啓治の「はだしのゲン」や井伏鱒二の「黒い雨」など、広島の原爆は漫画や小説で数多く描かれています。それに比べて長崎原爆を扱った作品はあまり多くありません。

 今年の4月に刊行された「漆黒の月 長崎原爆投下からの九日間」は、被爆二世の森成人さんが父と叔母の証言を基に、1945年8月9日からの長崎での一家族の運命を克明に描いた小説です。
 この作品は一昨日(5月29日)の「長崎新聞」に大きく取り上げられました。森さんは東京に住んでいますが、近々、長崎へ帰って取材を受けると言ってます。地元では注目され始めているようです。私も何人かに読んでもらったのですが、感動したと言われました。
 この本の刊行を強く望んだのは、長崎に住んでおられる森さんのお母さまでした。お父さまは亡くなられてますが、夫の体験を多くの人に知ってほしいと本を手にして勢力的に動いているそうです。戦争、原爆の記憶を風化させてはいけないという体験者の方々の、高齢になっても力を振り絞っての行動や発言には頭が下がります。
 この本は多くの人に読んでもらいたいと思っています。定価は1200円+税です。アマゾンに注文すれば、すぐ手に入れることができます。よろしくお願い致します。

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2018年5月16日 (水)

地球温暖化に警鐘を鳴らし続けた人、澤光晴さん

 先月、澤光晴さんが亡くなられた。私と同い年なので、まだまだこれからも活躍されると思っていたので残念でなりません。

 澤さんは大手商社に長年勤務した後、自然環境を大切にしたいと風力発電事業を創業。商社の仕事で海外をまわったとき、地球温暖化に強い危機感を覚えたからでした。そんな中で、絵本や紙芝居で地球温暖化を子供たちに伝えるため、児童環境教育研究会を設立して活動されていました。
 絵本は自ら文と絵を書いた、「えっちゃんとシロのぼうけん ちきゅうがたいへんだ!」「シロクマのおやこ」の2冊と、つつみきよしさんの絵と共著で「サンゴがたいへんだ!」を研究会から発行して、多くの子供たちに広めていました。これらの絵本はさんこう社が発売所になっています。
 北極の温暖化で絶滅に向かっている「シロクマのおやこ」の話には、私は読んでいて目頭が熱くなったものでした。子供たちが大人になる数十年後のために、我々の世代が地球を守らなければと言っていた澤さん。まだまだやりたいことがあったと思います。今頃、天国でハラハラしながら地球を見ておられることでしょう。どうぞ安らかにといえる地球にしたいものです。

«特殊潜航艇「蛟竜」を知ってますか